約 333,821 件
https://w.atwiki.jp/variwiki/pages/26.html
レザーウルフ HMA-h2C/M2A1・レザーウルフは、サンヘドリン陸軍が運用する主力機動装甲。 愛称は“革を被った狼”を意味する「LeatherWolf(レザーウルフ)」 機動砲型については、「レザーウルフ・MGS」を参照。 レンジャー専用機に関しては「HMA-h2C/CER・ケントゥリオⅡ」を参照。 概要 大出力のメインブースターとワイヤーアンカーを備えたHMA-h2ブロック30カスタム。 従来の拘束セラミック複合装甲と劣化ウラン装甲では強度に不安があり、装甲を『メタニウム複合装甲』に変更。また、出力をより高くチューンしている為、機体制御が難しい。 然し、高出力の重力制御装置の搭載によって重武装化による機体重量増加を軽減。さらなる機動力アップにつながった。 また、『イクサミコ』を正式に搭載した機体であり、複雑化した操縦システムをサポートさせることで、訓練機関を短くすることに成功した。 陸軍の主力。 開発 三軍共同の“新世代主力機動装甲計画”によって生み出された最初期の本格的対ヴァリアント戦用主力機動装甲の一つである。 ヴァリアントとの開戦間もない2186年代後半、サンヘドリンはHMA-h1E型の後継種を必要としていた。E型は大戦終盤開発の4.5世代機であり、中央軍はE型の近代化仕様機であるHMA-h1Fを保有していたものの、それもやはり第4.5世代機動装甲の域を出ないものであった。 そのころ中央軍高等技術研究所(ジェネシック・インダストリー開発1課出向)より以前から運用試験中だった「HMA−Yh180」は、当初は軍閥吸収やロックウェル事件に伴う戦費から統合体連邦議会は中央軍への採用を渋る声も聞かれたが、対ヴァリアント戦開始直後の2186年5月にサンヘドリンからの新型機動装甲の要求仕様が決定し、同年6月にジェネシック・インダストリー社に試作機の発注が行われた。 3ヵ月後の9月「HMA-h2A」が完成。同時期に研究されていた新素材を取り入れた「新世代主力機動装甲計画」により派生した「C型」をベースに、陸軍要求仕様機としてHMA-h2C/M2A1が開発された。 特徴 装甲 メタニウム複合装甲を採用しており、その防御能力は非常に高い。 曲面を主体とした主装甲群は拘束セラミック複合装甲の下地に貼り付けられており、防御能力試験ではゼロ距離での50口径125mm滑腔砲から発射されたAPFSDSの直撃に耐えている。 火器 陸戦機として非常に高い火力を持つ。標準装備は従来の90mmライフルだが、背面多目的可動フレーム(後述)と前腕部に火砲を搭載(ユニバーサルアタッチメント(後述))すれば、最高6門もの火砲を同時に運用できる。 また、背面多目的可動フレームには203mm砲、やスラスターユニットを装備可能。またスラスターユニット上面には、Mk-51を搭載できる。 前腕部にはMk-71を搭載可能。 背面多目的可動フレーム レザーウルフの大きな特徴であり、この機体の超汎用性を象徴する装備である。 脚部膝フレームを流用しており、非常に強固。 通常の運用では機動性の確保を考慮し、大出力のスラスターユニットを一基ずつ(Mk-51のマウントラッチ有り)装備しているが、203mm2門、もしくは、ユニバーサルアタッチメントを用いれば90mm〜120mmまでの火砲を搭載可能。 また、Mk-51もしくはMk-71を搭載可能。 ユニバーサルアタッチメント 詳細は「ユニバーサルアタッチメント」を参照。 関連機体 ストライクウルフ コマンドウルフ 諸元 設計者:ジェネシック・インダストリー 製造者:ジェネシック・インダストリー 運用者:サンヘドリン対ヴァリアンタス軍(サンヘドリン陸軍) 機体正式名:HMA-h2C/M2A1・レザーウルフ 全高:15.5m 機体重量:48t 全装備重量:75.5t 固定兵装:右腕ワイヤーアンカー×1 外部兵装:Mk-51(AAM-X10)最大4 Mk-71(BGM-70AAGWもしくはMGM-35KEM)最大4 M210・アーマメントシステム最大2 FGM-165×最大4 FIM-109×最大4 M660・90mm60口径長ガトリングガンポッド×最大4 GMC2・100mm60口径長ガトリング機関砲×最大4 M90他携行火器多数 防御兵装:30mmAPS(高速徹甲榴弾) その他特殊兵装:背面多目的可動フレーム バリエーション レザーウルフ・MGS レザーウルフをベースとした機動砲システム。(Mobile Gun System) 各機甲大隊隷下HMA中隊のMGS小隊(5機編成)に配備される火力支援/対空自走砲型。 大重量砲装備による機体不具合から開発が遅れたが、2188年からサンヘドリン内への配備が進められた。専用脚部の機体背面に、ジェネシック社製の「127mm軽量電磁速射砲」を搭載。砲身は右肩上から前に出される。 副武装は主砲同軸の100mm機関砲と胴体下部の30mm機関砲。主砲左右には4基の発煙弾発射器(計20発)が備えられている。 主砲は+50度の仰角、-5度の俯角を取れる。主砲用照準装置は機体左側頭部、左肩上面に設置、パイロット用監視映像装置は(全周旋回可能)は胸部上面に設置される。 機体フレームそのものはレザーウルフと同等であるため強固で、脚部は専用の高性能緩衝構造となっている。また、腰部には大型の可動型リアスカートが存在し、砲発射時には地面に接地させて砲の反動を軽減、機体を安定させるアウトリガーの用途の他、空挺投下時には裏面のスラスターも用いて大型のエアブレーキとして作用する。
https://w.atwiki.jp/uni-hss55/pages/2.html
https://w.atwiki.jp/uni-hss55/pages/3.html
カウンター 今日 - 人 昨日 - 人 合計 - 人 現在-人が閲覧中。 更新履歴 取得中です。
https://w.atwiki.jp/futamiyorozu/pages/47.html
独断で蒼梧藩国を支援したパイロットを処罰する 評価9(提出済) 取りまとめされてる方 セタ・ロスティフンケ・フシミ@星鋼京 さん 作業者募集状況 課題作成者募集:イラスト募集終了しました。 連絡先:伏見堂 / セタ@星鋼京@fushimidou 課題まとめお手伝い募集:なし 作業場所 なし 結果 上空から見慣れないI=Dがミラーコートを遠距離砲撃で撃破した。 セタ:「皇帝陛下より預かりし剣はここに! I=Dベルクール! I=Dベルクール! 帝國の誇りを高らかに知らしめる時が来たぞ!」 犬士A:「わん!」 犬士B 「わん!」 氷雨 たかこ:「裁判で無罪一個勝ち取ったくらいで何コイツ」 帝國のI=Dケント隊 が再度の航空爆撃に踏み切った。 I=Dベルクールはセタの喜びを全身で表すかのように揚力も重力も無視して空中で踊るように機動を始めた。前回と比較して飛躍的に制度が向上した120mm砲弾を撃ち始めた。 氷雨 たかこ:「ちなみに私費で出撃してきたってほんと?」 セタ:「本当だ。伏見藩国の貴族にはメンツがある」 氷雨 たかこ:「大金持ちだったか」 セタ:「いや、借金だが」 私費の砲弾は存外に効いた。対空砲火が上がり始めた。それもすり抜けてベルクールは砲弾を綺麗に当てている。今神殿の上でわざとらしいヴビクトリーロールを決めた。 ケント隊が続いて一斉バレルロールを行った。蓮花の見上げる空にI=Dが舞っている。 設問134:半数を処刑して降伏する 評価7 は失敗した。 頭上で乱舞する光がこれを許さなかった。 ボーナス 航空支援+7シフト 24時の制限をまたず。失敗しました。つまり降伏はしません。 越前藩王意地を通したね。
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/3021.html
890 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 21 11 英国面とソ連面のせめぎあい…! 提督たちの憂鬱 支援SS 憂鬱英国空軍事情2 1945年5月下旬。 英国航空省の一室では、インド洋演習とイラン演習で入手した日本海軍の疾風とドイツ空軍のMe262の戦力分析が行われていた。しかし、居合わせる空軍高官達の表情は暗く、悲痛な面持ちであった。 「インド洋演習でスピットやペレグリンを圧倒していたのだ。たとえルフトバッフェのMe262でもハヤテには勝てないと思ってはいたが、まさかあれほどまでの性能差があったとは…!」 「海軍が現場の判断でシー・ミーティアのお披露目を中止したのも頷ける。もし、お披露目していたら大恥どころでは済まなかっただろう」 英日合同インド洋演習における英軍機と疾風との模擬空戦により、その恐るべき性能の一端を垣間見た英国空軍は情報部と協力して情報分析に勤しんだ。スピットとペレグリンのガンカメラから撮影した写真とパイロットの証言、それに加えて現地エージェントが地上から撮影した模擬空戦の動画から疾風の性能を割り出したのである。衰えたりとはいえ、この迅速な情報収集と情報分析力は、まさに情報大国の面目躍如と言ったところであるが、それは英軍機との模擬空戦時の性能であって、本来の性能ではなかったのである。 「イラン演習を直接観戦した現地エージェントからの報告によると、大人と子供くらいの差があったとのことでした」 「救いようのないことに、我が空軍の新鋭機であるミーティアは、その子供にも劣ってしまうのだがな…!」 要するにインド洋演習では、疾風は本来の性能を隠していたのである。エンジン出力もせいぜい8割程度であり、アフターバーナーも焚かずに空軍のスピットファイアと海軍のペレグリンを圧倒していたのである。英国空軍上層部は当時知る由は無かったのであるが、これには政治的な理由があった。夢幻会上層部は、関係を修復しようとしている英国を不必要に刺激する必要は無いと判断していたのである。後に控えていたイラン演習に対するカモフラージュの意味もあった。付け加えるならば、レシプロ機相手に本気を出すのは大人気ないという現場サイドの本音もあった。 対して、ドイツとのイラン演習においては、日本海軍はルフトバッフェ相手に本気で模擬空戦に挑んだ。ドイツのリアルチート人材に対抗すべく、史実の撃墜王を選抜して万全のバックアップ体制で臨んだのである。その結果は言わずものがなであった。 当時のマスメディアでは日本海軍の完全勝利と報道されたが、ルフトバッフェ側は善戦、いや奮戦と言っても良いレベルで健闘していた。パイロットの腕を度外視すれば、それくらい機体性能に差があったのである。史実における戦闘機の世代が違うのであるから当然の結果ではあるが、同時にミーティアではMe262に勝てないという厳然たる事実も判明してしまったのである。 「ハヤテに敗北するのは、まだ許せる。しかし、クラウツの機体に敗北するのは許されない。Me262と直接戦うのは我ら空軍なのだ。早急に対策する必要がある」 「新型の開発を急がせますが、それなりに時間がかかります。機体や武装の改良で凌ぐ必要があるのでは?」 救いようのない現状に打ちのめされたが、彼らは不屈のジョンブルである。すぐに立ち直ると具体的な対策を協議した。具体的には以下の3点が、今後の空軍の取るべき方針として決定されたのである。 機体の改良による性能の向上。 高速なジェット戦闘機に有効な武装の開発。 新型機の開発。 891 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 32 24 機体の改良であるが、これはミーティアのエンジン換装から進められた。元々ミーティアはエンジンの出力不足が以前から指摘されており、エンジンの換装計画自体は既に存在していた。今回の演習結果を受けて、計画を前倒しして実施することになったのである。 生産が進み、既に数の上では主力となっていたミーティア F.2に搭載されているエンジンは、推力1t足らずのダーウェントMk.1(Rolls-Royce Derwent Mk.1)であり、これを主翼に2基搭載していた。それに対して新たに搭載されるエンジンは、当時最新のダーウェントMk.8(Rolls-Royce Derwent Mk.8)であった。このエンジンは名前こそ同じダーウェントであるが、実際はニーン(Rolls-Royce Nene)の縮小版であり、推力も1.6tと大幅なパワーアップに成功していた。2基搭載することで総推力は3tを超え、推力だけならインド洋演習時の疾風に匹敵する数値を達成していた。 エンジン換装による大幅な推力アップは、ミーティアの性能向上に直結した。各種性能は全般的に軒並み大幅に向上して空軍関係者を驚喜させたのである。しかし、大幅な推力向上により機体のバランスが崩れ、操縦性に悪影響も発生してしまったのである。特にテイル・ヘビーは深刻で、対策として機種にバラストを積むことを余儀なくされた。この問題は初期のエンジン換装を受けた機体にのみ発生しており、新規で生産された機体は、補機類や燃料タンクの移設や機体の構造変更によって重量バランスが補正されたためにバラストは積まないで済むようになった。 エンジン換装を受けた機体はミーティア F.3として正式採用されるのであるが、機体改修に時間を取られ、本格的な部隊配備が開始されたのは1946年初頭であった。 F.3は生産ロット毎に改良が加えられており、後期ロットでは与圧コクピット化やバブルキャノピーの採用、さらには射出座席が装備された。最終生産型はこれらに加えてジャイロコンピューティングサイト(後述)と、敵機との距離を測定するレーダーが搭載された。 新型機(後述)の実戦配備後は戦闘爆撃機や偵察機に転用されたが、性能の陳腐化が早かったためにその期間は短いものであった。そのため1950年代に入ると練習機や各種試験のテストベッド機として改造された一部の機体を残して大半は南アフリカ連邦に払い下げられている。 892 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 37 23 ミーティアだけでなく、スピットファイアも性能向上が図られた。英国本土上空にやってくるのはMe262だけでは無いのである。セットで襲来するであろうドイツ空軍の爆撃機へ対処するための戦力としてスピットファイアに白羽の矢が立ったのである。 当時のスピットファイアの配備状況であるが、未だに従来型が多数を占めており、グリフォンエンジンを搭載した新型スピットは未だに少数配備に留まっていた。大出力航空レシプロエンジンに必須となるハイオクガソリンの供給が追いつかないことに加えて、じゃじゃ馬な操縦特性のために乗り手を選ぶ機体になってしまったためである。 新型スピットは戦闘力は高いものの、燃料供給に不安がある現状では満足な作戦行動は望めないため、実質的に役立たずであった。そのため、1946年初頭にターボプロップエンジンであるダート(Rolls-Royce Dart)が実用化されると、直ちにエンジン換装を受けることになったのである。 スピットファイアのエンジン換装であるが、エンジンを主翼に吊り下げているミーティアとは違い、単発機であるために様々な問題が発生した。まず問題となったのはエンジンサイズである。元々搭載しているグリフォンは、全長2057mm、全幅770mm、全高1168mmである。対して新たに載せるダートは全長2480mm、直径960mmである。そのまま搭載すると全長で50cm伸び、左右に10cmはみ出してしまうのである。関係者は機首の整形とエンジンの搭載位置に苦心したのであるが、幸いにしてダートはグリフォンに比べて軽量だったため、エンジン換装による重量バランスの補正は最低限で済んだのである。 ダートに換装した試作機(ダート・スピッツ)は1946年の夏に初飛行した。エンジン出力は元のグリフォンエンジンに比べて低下したものの、エンジンそのものが軽量化(グリフォン:900kg,ダート:547kg)されたためにグリフォン・スピットと遜色ない性能を示した。エンジンが軽量化されて全体的な重量バランスが改善されたため、運動性はむしろ向上さえしていたのである。懸念事項だったエンジン出力も、将来的には3000馬力以上を発生させる目処がついていた。既に限界に達していたグリフォンとは違い、ダートは十分な性能向上の余地が残されていたのである。 確かに素晴らしい性能を叩き出したダート・スピッツであるが、そのまま量産化するには問題があった。レシプロエンジンとは違い、ターボプロップエンジンはスロットル制御が難しく、原型機以上のじゃじゃ馬と化してしまったためである。この問題に関してはエンジン出力ではなく、プロペラのピッチを制御して推力を可変することで解決された。グリフォン・スピッツ用の二重反転プロペラを改良して、ピッチの制御範囲を広く取ることで対応したのである。 ダート・スピッツへの改修は、1946年末から開始された。手始めにグリフォン・スピッツが優先的に改修され、後に従来型のスピッツも改修さた。大出力に対応するべく機体の補強と内部機器の刷新も行われ、もはや完全な別物と化した。そのため名称の変更が行われ、『スパイトフル』の名で制式採用されたのである。 スパイトフルはダートの出力増強に合わせるように強化された。最終生産型に至っては、3245馬力(RDa.10/1相当)を発揮して水平飛行で900km/hの壁を突破している。原型が高速重視の戦闘機でありながら、大出力エンジンの恩恵で主翼下に2トンの武装を搭載可能であったために、本来の爆撃機狩りだけでなく、上陸してきたドイツの機甲師団に対応するために主翼下にパイロンを増設してRP-3ロケット弾を装備した。後に空対空ミサイルを装備可能となり、限定的ながらもジェット戦闘機に対する戦闘能力を持つことになる。 ミーティアと英国本土の防空を担ったスパイトフルであるが、ミーティアと同様に1950年代に南アフリカに払い下げられている。後のアフリカの紛争で対地攻撃機として目覚しい活躍をすることになるのであるが、それはまた別の話である。 893 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 39 51 英国空軍がバトル・オブ・ブリテンで得た教訓として、搭載機銃による撃墜の難しさがある。一回の空中戦において射撃チャンスはせいぜい5、6回、一回の射撃時間は2~3秒程度という事をオペレーション リサーチによって導き出した空軍では、それを効率良く実現するための武装を1930年代から整備して いったのであるが、その結果が7.7mm主翼多連装機銃であった。 バトル・オブ・ブリテン時には、ハリケーンもスピットファイアも8~12挺の多連装を装備したのであるが、こうなると機首同調なんてことはやってられず、全機銃を主翼に搭載していた。弾道が収束するように各銃ごとに微妙に角度を付けていたのであるが、極端な一点集中ではなく、各銃ごとに交差点をずらし、目標の前後左右を弾幕で包む込むよう調整することを当時のパイロット達は好んだようである。全銃の弾道特性が揃った英軍機は目標の見越し方向に弾幕を張る偏差射撃に向いていたため、とにかく敵機に当てることだけは達成することが出来たのである。 もちろん当てるだけでは意味は無い。敵機を撃墜なり損傷を与えるなりしないと意味が無いのであるが、当時ですら7.7mmは戦闘機相手に火力不足は否めなかったのである。しかし、英国には秘密兵器が存在した。第一次大戦の飛行船狩りで活躍した特殊弾頭を発展させたものが7.7mm機銃用に開発されていたのである。正式名称は『Incendiry.303in B.Mark IVz*』、一般にはデ・ヴィルデ(De Wilde)の秘匿名称で知られている焼夷弾丸である。なお、デ・ヴィルデはスイス人の発明家であるが、実際に開発したのは英国人のオウブリー・ディクソン(C.Aubrey Dixon)である。弾丸の正体を隠すために敢えてこの名をつけたらしい。 英軍のスピットやハリケーンの7.7mm弾帯には通常弾に徹甲弾、デ・ヴィルデが混ぜて装填されていた。徹甲弾で装甲とガソリンタンクを撃ちぬき、デ・ヴィルデで発火させて止めを刺す。これが一銃あたり秒間20発、8連装だと秒間160発降り注ぐ。まさに弾丸のシャワーであるが、ルフトバッフェが機体に装甲板と防漏タンクを採用すると威力が激減してしまった。命中弾を多数出しながらもドイツ軍機を撃墜出来なかったのである。極端な例だと、数百発命中させても撃墜出来なかった爆撃機が存在するくらいである。無論、この爆撃機は宣伝相のゲッベルスによって大いに宣伝され、チャーチル死後の英国の抗戦意欲を大いに削いだことは言うまでも無いことである。 レシプロ機よりも更に高速なジェット戦闘機が相手となると、射撃回数と射撃時間そのものもさらに短くなるのは必至であった。そのため、英国空軍では方針転換を余儀なくされたのである。要は小口径多銃主義から大口径主義への転換である。 894 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 45 00 戦前の英国空軍で使用されていた航空機用機銃は、7.7mmのブローニング.303を除けば20mmのイスパノMk.2しか無かった。単純に大口径ということであれば他にも存在するのであるが、用途が特殊過ぎて航空機用に適さなかったのである。 20mm機関砲は、一発の威力は7.7mm機銃に比べると桁外れであり、弾頭内に炸薬を仕込むことで威力を増大させることが出来るなどメリットが多い反面、重量も嵩むデメリットもあった。極端な話、20mm機関砲2挺の重量で7.7mm機銃が10挺積めるのである。1発の威力と時間辺りの投射質量のギリギリの妥協点として見出したのが、20mm機関砲の4挺装備であった。 こうして、バトル・オブ・ブリテン後に生産されたスピットやミーティアの武装に20mm機関砲4挺装備が採用されることになったのであるが、思わぬところから待ったがかけられた。ライセンス元のイスパノ・スイザ社が製造ライセンスの打ち切りを宣告してきたためである。そのため、滅亡したアメリカがライセンス生産していたAN-M3(米海軍が採用していたモデル)の製造権利を安く(というよりタダ同然で)買い取って生産を続けたのである。当然、イスパノ・スイザ社側は抗議したのであるが、旧アメリカ絡みの利権や技術では、列強はいろいろと悪どいことをしており、最終的にうやむやにされたのである。 なお、アリバイ作りのために、少数ながらも実際に旧北米の工場で生産して配備していたりするのであるが、信頼性に問題がありパイロットや整備兵からの評判は悪かった。グリスを銃弾にたっぷり塗らないと満足に作動しないほど酷いものであったという。英国製と旧米国製でこれほどの差が出たのは、製造元の旧米陸軍では20mm以上の大口径は砲として扱っており、製造時の公差が甘かったのが一因と言われている。 20mm機関砲4挺装備は、スピットとミーティアの標準兵装となったのであるが、実際にテストしてみたところ命中率が悪すぎてテストパイロット達から不満が続出した。低伸する7.7mm機銃弾と違い、20mm砲弾は命中までにかなり落下するので7.7mm機銃の感覚で射撃すると全く命中しないどころか、標的にかすりもしなかったのである。 20mm機関砲は、その重量故に7.7mm機銃に比べて弾丸の携行数も限られていた。それは射撃チャンスが限られてしまうことを意味していた。その数少ないチャンスを有効に活かすためにも照準システムの改良による命中率の改善が図られたのは、ある意味当然のことであった。 従来の戦闘機の照準器は、静止時に銃弾が飛んでいく方向の目安でしかなかった。空中戦では照準器の照準環に合わせて射撃しても敵に届く頃には敵機は照準した位置より先に移動してしまうのである。命中させるためには、射撃してから弾が敵機に届く未来位置を予想して射撃をする、いわゆる偏差射撃をする必要があるのだが、少ない弾数でそれが出来るのはベテランとかエース呼ばれる人種のみであった。 そこで開発されたのが、ジャイロコンピューティングサイトである。ジャイロ式とも言われるこの照準器は、偏差射撃の難点を解決するものであり、敵機との相対速度をジャイロで検出して適切な照準位置を算出する機能があった。これに加えて航空機搭載用の航空機探知レーダー AI Mark.4が実用化されたことにより、適切な距離と方位で射撃出来るようになり、かなりの確率で命中弾を送り込むことが出来るようになったのである。 ジャイロサイトとレーダーにより命中率は格段に向上した。このことに自信をつけた英国空軍は戦後しばらくは20mm機関砲4挺(史実イスパノMk.2と改良型のMk.5)で対応していくことになるのである。 ちなみに、この装備は新米パイロットには好評をもって迎えられたのであるが、ベテラン勢には不評であった。ジャイロサイトが正確な方位を算出するのに数秒かかり、その間に敵機を逃がしてしまう恐れがあったからである。そのため一部の熟練パイロットは、ジャイロサイトの稼動部にガムを挟み込むなどして完全に固定照準として使用していたという。 895 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 50 33 対戦闘機用として20mm機関砲が採用されたわけであるが、対爆撃機用の武装は更なる紆余曲折があった。大型機相手では20mm機関砲4挺でも火力不足が危惧されたからである。当然ながら、さらなる大口径砲を搭載しようと目論んだのであるが、20mm以上の大口径となると、40mmのヴィッカースS型(Vickers Class S)か、モリンズM型57mm自動砲(Molins Class M)しか選択肢が存在しなかった。一応、日本の富嶽対策に作られた空対空114mm無反動砲というキワモノが存在したのであるが、さすがにこれを戦闘機に搭載するのは無理があった。モリンズM型も大きすぎて搭載は厳しいので、実質的にヴィッカースS型しか選択肢は存在しなかったのである。 ヴィッカースS型であるが、元々は空対空用に開発された40mm機関砲である。しかし、本来の目的では使い物にならず、ハリケーンに装備して対地攻撃用途に使用されていた。使い物にならなかった原因は発射速度の遅さである。いくら鈍重な爆撃機相手とはいっても、ロングリコイル作動で毎分100発は遅すぎた。それゆえに発射速度の向上が課題となったのである。 ロングリコイル作動は、燃焼ガスをゆっくり燃やすことが出来るので大口径の砲に適しているのであるが、発射速度が遅くなる欠点があった。加えて、ドラム弾倉で15発しか撃てない点も問題であった。発射速度の向上と装弾数を増加させる必要があったのである。 ヴィッカースS型の改良を担当したのは、エンフィールド造兵廠(現:ロイヤル・スモール・アームズ・ファクトリー・エンフィールド)であった。最初に取り組まれたのは、発射速度の向上であった。技術者達は、ガス圧、API発火、ショートリコイル等、あらゆる作動方式を試した結果、最終的にモーター駆動に行き着いた。いわゆる史実のチェーンガンである。 ボルトを電動モーターで動かすことにより、不発射弾やジャムによる連続発砲不能状態を回避することが可能であり、不発射弾はそのまま他の正常に発射された弾丸の空薬莢と同様に強制的に排出されるようになっていた。連続射撃不能になる原因の一つが取り除かれ、連射が中断する危険が大幅に低下し、電動のため、発射間隔を一定の範囲内で調節することも出来るという副次的なメリットもあった。 装弾数の増加については、これはもうベルト給弾化しか手段は考えられなかった。しかし、ヴィッカースS型の使用する40x158R弾の砲弾重量は1.8kgもあり、ベルトリンクの強度が問題となった。これに関しては、海軍で採用されていたQF 2ポンド砲(史実のポムポム砲)に使用されていたベルトリンクが流用された。同一弾なので、そっくりそのまま使用可能だったのである。 チェーンガン仕様のヴィッカースS型は、性能向上が認められたものの、対爆撃機用としては結局採用されずに終った。最大の原因は発射速度の向上に限界があったからである。チェーンガンは、あくまでもボルト駆動を電動化しただけであり、構造そのものはベースとなった機関砲と同一である。そのため、発射速度の限界も似通ったものとなってしまうのである。後にイスパノ…ではなく、AN-M3をベースに開発した20mmチェーンガンが実用化され、こちらは陸軍のジェットダインやロートダインの兵装として採用されている。 チェーンガン仕様のヴィッカースS型は、空軍よりも海軍に注目された。海軍で対空兵装として未だに大量に配備されているポムポム砲は、給弾機構や機関部の設計に無理があり、機械的なトラブルが多発したのであるが、チェーンガン化することによって性能改善が可能と考えたのである。後に改修キットが開発されて大半のポムポム砲がチェーンガン化することになるのであるが、それはまた別の話である。 896 :フォレストン:2015/12/24(木) 20 55 39 振り出しに戻ってしまった対大型機用の武装であるが、意外なところから開発のきっかけはやってきた。当時の英国は、ソ連に対する軍事援助として極秘裏に遠心式ジェットエンジンと、そのエンジンを搭載した戦闘機のデータを提供していたのであるが、その見返りとして重戦車関連の技術や、航空機搭載用の新型機関砲の概念設計を得ていたのである。 時は遡って1930年代。当時のドイツはウラル爆撃機計画を進めていた。それを察知したソ連は迎撃機の開発を行っていたのであるが、その一環として新型機関砲の開発があった。この新型機関砲は、第一次大戦末期の1918年にドイツで試作された7.92mm ガスト機関銃を原型としていた。 ガスト機関銃は、ドイツ人の発明者カール・ガスト(Carl Gast)にちなんだ命名であり、2挺の機関部がシーソーのように交互に動くメカニズムで高速発射を実現していた。どういうわけか、本家ドイツでは省みられることはなかったのであるが、当時のソ連は極秘裏に入手して研究を続けていたのである。 エンフィールド造兵廠は、ソ連から提供されたデータを元にした新型機関砲を1946年に30mm ADEN機関砲として実用化するのであるが、その際に30mm砲弾も新規開発されている。当初はヴィッカースS型を流用して40mmガスト機関砲を開発していたのであるが、ガスト機関砲は複砲身機関砲という特性上、2挺分の重量が必要となり、重量が嵩んでしまうために航空機搭載用としては不採用となった。それでも口径と発射速度に比して非常に軽量であるため、後に対地攻撃や艦載用の対空兵装として採用されることになる。 新規開発された30mm砲弾は30×165mm弾であり、弾頭重量は390g(砲弾重量832g)、初速は880~905m/sであった。この砲弾をADEN機関砲は毎分3000発で撃ちだす性能があった。 ADEN機関砲は、対爆撃機用途であるためにスパイトフルに優先して搭載された。搭載するにあたっては、主翼装備の機関砲を全て撤去したうえで、ADEN機関砲本体と砲弾200発(ベルト給弾)を専用のスリッパ型タンクに収めて主翼上に2基装着した。重量と空力悪化による機動性の低下が心配されたが、タンク1基辺りの重量は400kg足らずであり、2基装備しても出力に余裕のあるスパイトフルには問題無かったようである。なお、主翼下ではなく主翼上に装着したのは、給弾作業のしやすさを考慮したことと、主翼下は対地攻撃用ロケット弾を装着するためのハードポイントが多数設置されているためにスペースが取れなかったためである。 実際の運用であるが、1秒間のバースト射撃でも4射分の弾薬しか保持出来ない点が問題視された。しかし、前述のジャイロサイトや射撃用レーダーの採用による命中率の向上、さらに圧倒的な瞬間火力を発揮出来る点が評価された。元々、対爆撃機用途であり、継戦能力よりも爆撃機を確実に撃墜することが求められていたことも大きかった。 当初は対爆撃機用として開発されたADEN機関砲であるが、さらなる高速化によって撃墜が困難になると予想されるジェット戦闘機を確実に撃墜出来る兵装としてミーティア以後の新型戦闘機に採用されることになる。 ADEN機関砲の採用後は、さらなる大威力を求めてロケット兵器の開発が推進されることになる。こちらはDMWD(Department of Miscellaneous Weapons Development:多種兵器研究開発部)が担当しており、その成果の一つとして空対空ロケット弾『ヘミエキヌス』(ラテン語でオオハリネズミ)の運用が1947年に海軍で始まっている。しかし、空軍はその性能に満足出来ず、さらなる高性能化を求めた。その要求性能は厳しく、一部なりとも性能を満たしたものが完成するのは1950年代に入ってからのこととなる。 897 :フォレストン:2015/12/24(木) 21 02 21 Me262と、その後に続くドイツの新型戦闘機に対抗するための時期主力戦闘機開発は、デ・ハビランド・エアクラフト社に一社特命の形で任された。これは極秘裏にソ連へ提供した戦闘機のデータに対する補償の意味合いがあったが、それには条件が付けられていた。ソ連へデータ提供した戦闘機(史実ヴァンパイア)と全く違った外見にすることであった。 英国がソ連に技術援助していることが発覚したら外交問題に発展するのは確実なので、当然といえば当然の注文付けであったが、デ・ハビランド側の技術者達は頭を抱えてしまった。彼らは史実ヴァンパイアの発展型(史実シー・ビクセン相当)を空軍に提案するつもりだったのである。搭載エンジンからして別物であるが、双ブーム形状の胴体の特徴は一致しており、両機を関連付けるのは容易だったのである。 さらに悪いことに予定していた搭載エンジンが未だ完成していなかった。エンジン開発そのものはドイツからの技術奪取が成功したこともあり、順調だったのであるが、それでも実用化は1950年ごろになると見積もられていたのである。機体設計は白紙。エンジンは未完成。この緊急事態に社長のジェフリー・デハビランド(Geoffrey de Havilland)は、思い切った手段をとった。社内コンペを開催して採用者には10000ポンドの賞金を与えることにしたのである。 多額の懸賞金に刺激されたたのか、1週間という短い募集期間にも関わらず多数の設計案が提出されたのであるが、その中で一際、いや、飛びぬけて完成度の高い設計案が存在した。アルチョーム・イヴァーノヴィチ・ミコヤーン(Артём Иванович Микоян)とミハイール・ヨーシフォヴィチ・グレーヴィチ(Михаил Иосифович Гуревич)の二人が共同で提出した設計案である。 ミコヤーンとグレーヴィチは、ソ連のMIG設計局の創始者であるが、現在ソ連で実戦化が急がれている遠心式ジェット戦闘機の技術ノウハウ習得のために北欧経由で極秘裏に渡英していた。技術習得も終って手持ち無沙汰だった二人は、滞在先のホテルで退屈しのぎに戦闘機の設計案を練っていたのである。 彼らが提出した設計案は、軽量コンパクトな機体にハイパワーなエンジンを搭載して機動力を確保するという極めて単純明快なコンセプトに拠って設計されていた。社長のジェフリー自身が航空エンジニアであったためか、その機体の素性の良さを一目で見抜いたのである。 「まぁ、二人ともかけたまえ」 「「…」」 「おめでとう。君らの設計案を採用することになったよ」 「…!?しかし私達は…」 「ミコヤーン君、グレーヴィチ君。君たちは形式上は我が社の社員なのだ。しかも正規の手順で社内コンペに参加している。採用することに何も問題は無い…が」 「…あの図面を本国へ持ち帰ることも出来たはずだ。にも関わらず、社内コンペに提出したのは考えがあってのことではないのかね?」 「「…」」 「…社長」 「…なにかね?グレーヴィチ君」 「私達は賞金が欲しいわけではありません。そのかわり…」 社内コンペの結果判定の翌日。デ・ハビランド・エアクラフトの社長室で、ジェフリー・デハビランドとミコヤーン、グレーヴィチの3人で話し合いが持たれたが、議事録は破棄されておりその会話内容は定かではない。ただ、当日のジェフリーの動向で空白の3時間が存在することだけは事実である。そして彼らの願いは後に叶えられることになる。 二人が提出した設計案は、概念設計としては完成されていたが、細かな検算や計算は手付かずであった。幸いにして完成したばかりのパラメトロン・コンピュータの使用が許可されたため、極めて短期間に設計は完了。その後は昼夜兼行の突貫作業で機体の製作が進められた。 試作1号機は1946年にロールアウトした。この機体の製作中に技術奪取に成功したドイツのMe262の後退翼の情報が知らされたのであるが、既に1号機は完成目前であり試作2号機に反映させることになった。3ヵ月後に飛行した後退翼を採用した2号機は、さらに性能が向上しており、この結果に驚喜した空軍上層部はただちに量産命令を出した。航空機探知用レーダーと機首下面にADEN 30mm機関砲2門を搭載した戦闘機型がロールアウトしたのは1947年になってからのことであった。 898 :フォレストン:2015/12/24(木) 21 11 05 あとがき というわけで、空軍事情その2です。 インド洋演習、イラン演習後の英国空軍の状況を書いてみました。 要点を端的に語るとヴァンパイアが、史実Mig15に化けました。以上! …と、さすがにこれだけではあんまりなので補足です。 冒頭のインド洋演習、イラン演習に関する描写ですが、本編を読み直してもインド洋演習では疾風が全力を出しているように思えなかったので、ああいう書き方になりました。疾風にはアフターバーナーが確実に装備されていると思いますが、インド洋演習では使用した形跡が見られませんし。イラン演習ではリアルチート軍人相手に万が一が起こるのを憂慮して、遠慮なく全力で潰しにいったのではないかなと思うのです。現実でもロック岩崎氏のようにマルヨンでF-15を撃墜してしまう例がありますし。 初期ミーティアではMe262に勝てないのは織り込み済みだったので、さっさと改造イベントを起こしました。史実F.8クラスにまで発展させればMe262と渡り合えると思いますし。スピットにダートを搭載したのは半ば以上趣味ですが、ちゃんと意味があります。史実のスピットとハリケーンの関係をそのままミーティアとスピットに当てはめたのです。ミーティアがMe262を相手にしている間に、スピットが爆撃機を落としにいくわけです。そのためには高性能化が必須なのです。なにしろ相手はジェット爆撃機の可能性大ですし。グリフォンじゃ限界だし、ハイオクは希少だからターボプロップ化。ほら、どこもおかしくないでしょう?(オイ スピットにダートを搭載する際にグリフォンとダートの大きさを比較してスペックを計算したのですが、割とすんなり収まりました。全長が長くなっても軽くなったので、さほど重量バランスは悪化しないと思います。もちろん補機類の移設や、燃料タンクの配置などを弄らないといけなくなるとは思いますが。スパイトフルのスペックは、かなり大まかかつ適当に計算していますが、レシプロで3000馬力弱のスカイレイダーが3t積めるなら、スパイトフルでも2tくらいならなんとかなるでしょう。足回りの強化は必須でしょうけど。 英国空軍の7.7mm至上主義から戦後の大口径志向は、ほぼ史実通りです。憂鬱バトル・オブ・ブリテンでは、史実以上に追い込まれて死に物狂いになったルフトバッフェに押し切られたとの描写が本編でありましたが、7.7mmの豆鉄砲じゃ防弾装備で対策されたらどうしようもないわけで。防漏タンクは史実では大戦当初から自動防漏タンクを実用化しているので、憂鬱世界では完全に対策されていると思います。ますます7.7mmじゃ撃墜出来ませんね(泣 英国の航空機銃は7.7mm以外で大口径となるとイスパノ系しか存在しません。イスパノのライセンス元は、スペインのイスパノ・スイザ社です。もろに枢軸側なわけで、ライセンス料を支払い続けるくらいなら、旧アメリカのAN-M3(アメリカ版イスパノ20mm)のライセンスを購入(したことに)して製造を続けたほうが良いという判断です。元々踏み倒すつもりだったので、イスパノスイザ側のライセンス取り消しは渡りに船だったのです。 ヴィッカースS型のチェーンガン化ですが、本来はこいつを爆撃機用に採用するつもりでした。が、発射速度を思ったより上げられないことに気付いて断念しました。ヴィッカースS型とポムポム砲は同一弾(40×158R)なので、ポムポム砲をチェーンガン化すれば安定した性能が出せると思います。ここらへんは海軍事情3で書いてみようと思います。 航空機搭載機銃ですが、日本はバルカン砲、ドイツはリボルバーカノンが主力となりそうなので、英国はガスト式となりました。史実でソ連が実用化しているので、憂鬱世界では導入しやすいですし。ちなみにADEN 30mm機関砲は実在しますが、史実ではリボルバーカノンです。憂鬱世界では上記の理由でガスト式になっています。 憂鬱ADEN30mmは、史実GSh-30-2のスペックそのままです。ただし、オリジナルはあまりにも余裕の無い設計なので、信頼性を確保するために強度を増した結果重くなっています。登場時期が史実よりも早いですが、原理的には難しくないのでなんとかなるでしょう。で、こんな化け物を2基もスパイトフルは搭載しているわけですが、主翼下部は史実スカイレイダー並みにハードポイントが増設されているので、設置スペースが無く、已む無く主翼上部に搭載することになりました。極めて合理的な判断です。断じて英国面ではありません。( ー`дー´)キリッ 899 :フォレストン:2015/12/24(木) 21 12 22 史実ヴァンパイアがソ連へドナドナされてしまったので、別の機体を用意しないといけなくなったのですが、ソ連との関係を考えると選択肢は一つしかありませんでした。Mig15は遠心ジェット搭載のジェット戦闘機としては最高レベルの性能なので戦力化出来ると大助かりです。エンジンはあるし、設計環境も整ってるので、1947年から配備を開始することは可能でしょう。もっとも、そのころには疾風改が配備されているでしょうけど…(号泣 ミコヤーンとグレーヴィチの望みですが、英国紳士は強要なんてしていません。そっと肩を押すくらいに環境を整えたりはしましたが(酷 ソ連へ流れた史実ヴァンパイアですが、憂鬱ソヴィエト空軍事情で書くつもりです。とりあえずリヒート搭載は鉄板ですかねぇ。ノズルを煙突のように後ろに伸ばしたヴァンパイア…素敵だ…(オイ というわけで、今回はここまで。 次回は英国陸軍事情か、はたまた大使館事情の全面改訂か。他にもネタはありますし、いったいどれから手をつけたら良いものやら…(悩 900 :フォレストン:2015/12/24(木) 21 22 29 以下、登場させた兵器のスペックです。 グロスター ミーティア F.3(最終生産型 史実F.8相当) 乗員数:1名 全長:13.59m 全幅:11.32m 全高:3.96m 自重:4846kg(最大7121kg) 発動機:ロールスロイス ダーウェントMk.8 推力1600kg×2基 最高速度:965km/h 上昇限度:13000m 航続距離:965km 武装:AN-M3 20mm機関砲×4、454kg爆弾または無誘導ロケット弾×16 1945年の英日合同演習における『疾風ショック』、さらに同年のイランで行われた日独の模擬戦の結果に衝撃を受けた英国空軍が急遽実戦配備した機体。 搭載されたエンジンは名前こそダーウェントであるが、実際はニーン(Rolls-Royce Nene)の縮小版であり、その信頼性は高かった。同時期にドイツが軸流式ジェットエンジンの信頼性醸成に苦労しているのとは対照的であった。 総推力だけなら日本海軍の疾風(インド洋演習時)に匹敵する機体なのであるが、初期の機体はバランスが悪く、機種にバラストを積んでいる。後期ロットの機体は設計変更により、この問題は解決されており、対策前と対策後は、それぞれ前期型、後期型と呼称されている。 英国空軍はF.3の量産配備でMe262に対抗する一方で、軸流式ジェットエンジンとそれを搭載した新型戦闘機の開発を急ぐことになる。英国本土では、戦闘機としての任を解かれてからも、技量維持訓練機や連絡機として1970年代まで使用された。エンジン試験機などの特殊用途に改造された機体も存在しており、そちらは未だに現役で空を飛んでおり、アフリカでは未だに戦闘機型が現役である。 なお、海軍では次期主力艦戦としてF.3に着艦装備を追加し、マルチロール機として魚雷とロケット弾を運用可能にした『シー・ミーティア F.3』を開発していたのであるが、インド洋演習における醜態を嫌ったためか、新たに独自のジェット艦載機を開発している。 新型スピットファイア(スピットファイア Mk.4) 乗員数:1名 全長:9.96m 全幅:11.23m 全高:3.86m 自重:3070kg(最大4663kg) 発動機:ロールスロイス グリフォン85 2375馬力×1基 最高速度:740km/h 上昇限度:13560m 航続距離:1268km 武装:AN-M3 20mm機関砲×4、227kg爆弾×1および113kg爆弾×2 史実のスピットMk.24に相当する戦闘機。 グリフォンエンジンを装備してレシプロ戦闘機としては極限といっても良い性能を誇り、ドイツとの停戦後に英国空軍が最優先で生産した機体であるが、複雑精緻なエンジンと二重反転プロペラは整備兵にとっては悪夢のような組み合わせであり、加えて希少なハイオクガソリンが必須のために満足な作戦行動が出来ないという実質的な戦力外であった。そのため真っ先にスパイトフルへ改修された。 スーパーマリン スパイトフル(最終生産型) 乗員数:1名 全長:9.96m 全幅:11.23m 全高:3.86m 自重:2750kg(最大5663kg) 発動機:ロールスロイス ダート 3245馬力(史実RDa.10/1相当) 最高速度:920km/h 上昇限度:14560m 航続距離:1374km 武装:ADEN 30mm機関砲×2(主翼上装備)、RP-3ロケット弾、227kg or 454kg爆弾(主翼下ハードポイント×8:最大2tまで) スピットファイアにターボプロップエンジンを搭載したモデル。エンジンの軽量化&大出力化に伴い、機体バランスの変更や、機内装備の刷新(+脚部の強化)も行った結果、完全な別物となり制式名称も変更された。新規生産ではなく、あくまでも機体改修であるため、同じスパイトフルでもベースとなった機体ごとに差異が存在するマニア泣かせの機体でもある。 プロペラ戦闘機としては極限の性能を誇る本機であるが、その活躍の場はアフリカの地であった。外見上の特徴である、主翼上のスリッパ型タンクに内蔵された30mm機関砲は毎分3000発という脅威の発射速度を誇り、その威力は本来の対大型機だけでなく、戦闘機相手や対地攻撃にも遺憾なく威力を発揮した。主翼下に設置された左右計8箇所のハードポイントにも2tまで爆弾搭載が可能であり、これも対地攻撃に威力を発揮した。あまりの活躍ぶりにソードフィッシュ共々、英国本国では再生産も真剣に検討されたという。 901 :フォレストン:2015/12/24(木) 21 26 40 デ・ハビランド ヴァンパイア(試作1号機) 乗員数:1名 全長:10.11m 全幅:11.23m 全高:3.70m 自重:不明 発動機:デ・ハビランド ゴースト48 推力2200kg 最高速度:960km/h 上昇限度:15500m 航続距離:不明 武装:非武装 初飛行:1946年 極秘裏に渡英していたアルチョーム・イヴァーノヴィチ・ミコヤーンとミハイール・ヨーシフォヴィチ・グレーヴィチが基本設計を行った機体。胴体周りは史実Mig15であるが、主翼は設計期間短縮のために既存の層流翼を流用している。設計の途中で技術奪取に成功したドイツのMe262の後退翼の情報が 知らされたのであるが、既に完成目前であったため、2号機に後退翼は採用されている。 機体の設計から初飛行までを半年という驚異的な短期間で実現しているが、これはミコヤーンとグレヴィッチの基本設計が優秀だったことに加え、機体とエンジンが全て自社で賄えたこと、さらに計算に完成したばかりのパラメトロン・コンピュータを使用出来たために、大幅な設計速度の向上があったことが大きい。コンピュータを使用した機体設計は、当時の英国としては画期的な手法であったが、極東のチート島国では10年以上前から実践されており、それを後に知った英国関係者の落胆は酷いものであったという。 デ・ハビランド ヴァンパイア(試作2号機) 乗員数:1名 全長:10.11m 全幅:10.08m 全高:3.70m 自重:不明 発動機:デ・ハビランド ゴースト105 推力2450kg 最高速度:1070km/h 上昇限度:15500m 航続距離:不明 武装:非武装 初飛行:1946年 主翼に後退翼を採用した機体。機体外見は完全に史実Mig15である。エンジン出力も向上しており、性能的には史実Mig15bisに匹敵するものとなっている。この性能に驚喜した空軍は直ちに採用して戦闘機型が1947年から配備されることになる。 デ・ハビランド ヴァンパイア 乗員数:1名 全長:10.11m 全幅:10.08m 全高:3.70m 自重:不明 発動機:デ・ハビランド ゴースト105 推力2450kg 最高速度:1070km/h 上昇限度:15500m 航続距離:1250km 武装:ADEN 30mm機関砲×2(機首下面:600発) 初飛行:1947年 試作2号機に武装を搭載したモデル。史実Mig15とは違い、最初から航空機用レーダーが装備されている。完全な戦闘機型であり、対地攻撃は考慮されていない。後の改良型では空対空ミサイル運用能力が付与されている。 ADEN 30mm機関砲 重量:145kg 全長:2340mm 口径:30×165mm 装弾数 200発(給弾ベルト) 作動方式:ガスト式 発射速度:3000発/分 銃口初速:880~890m/秒 有効射程:4000m 航空機搭載用として開発されたガスト式機関砲。ガスト式は複砲身式機関砲とも呼ばれ、2挺の機関砲がシーソー状のリンクで平行連結され、交互に装填・発射を繰り返す事で高速発射を実現している。そのため、銃身が二本あり連装砲に見えるが2銃身で一門である。 ガスト式は、第1次大戦末期の1918年にドイツのカール・ガスト(Karl Gast)が開発した7.92mm ガスト機銃が原型であるが、実戦には間に合わなかった。ガストの故郷ドイツではこの方式を採用した機銃や機関砲が後に開発されることは無かったのであるが、ソ連では開発が継続されていた。遠心式ジェット戦闘機が喉から手が出るほど欲しかったソ連上層部が英国に開発データを譲渡、それをベースにエンフィールド造兵廠で30mm口径に拡大したモデルであるが、ソ連側の原設計は使い捨て前提で、あまりにも余裕が無い設計であったために英国側で一部設計が変更されている。その威力と発射速度から以後の英国空軍のスタンダードとなった。
https://w.atwiki.jp/variwiki/pages/129.html
M658 M658・90mm55口径長ガトリング重機関砲は、M660・90mm60口径長ガトリング機関砲をベースにジェネシック・インダストリー社が開発した90㎜ガトリング重機関砲。 M660を軽量・短砲身、手持ち化した携行型重機関砲で、高い発射レートと射程を用いて直接火力支援のほか、低空対空射撃にも用いられる。 給弾は大容量ドラムマガジンからのリンクレスフィード給弾を用いるが、上面カバーの交換によってサドルマガジンの使用が可能だ。 諸元 用途:HMA用携行型ガトリング重機関砲 分類:ガトリング重機関砲 設計:ジェネシック・インダストリー社 製造:ジェネシック・インダストリー社 運用者:多数 全長:1345cm 口径:90mm 口径長:55口径長 弾種:90mm高速徹甲弾、90mm徹甲榴弾、90mmAPDS 有効射程:8000m
https://w.atwiki.jp/magicaloss_misasu/pages/6759.html
【11】 右上→12010-C 右下→?-D 左上→?-B 左下→?-A
https://w.atwiki.jp/magicaloss_misasu/pages/6639.html
【11】 右上→12009-C 右下→?-D 左上→?-B 左下→?-A
https://w.atwiki.jp/sousakurobo/pages/825.html
[チェストォォォォォーーーーーッ] 平均的な成人男性の百倍以上の力で振り下ろされた3mの巨刀。長く、厚く、重い、震える真紅の刀身に両断されたオルトロスは、煮込み過ぎたスープの具のように泥々と崩れ去ると、地面に広がり少しずつ染み込んでいく。 300cm超振動極熱刀は威力「だけ」なら、最強の陸戦兵器である主力戦車の装甲を、 最も薄い部分ですら、200年ぐらい前の戦車砲弾に使われていたという120mmAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)やHEAT(成形炸薬弾)などの直撃を受けてもかすり傷すら付かない装甲を、斬れる。 刀身を消耗品とする一回限りの全力攻撃。振動熱を極限まで高めた過負荷出力の斬撃(俺はこの技に灰燼滅斬というカッチョイイ厨二ネームを勝手に名付けている)なら最も厚い正面装甲をも斬り裂ける。 オルトロスに効かない道理は無かった。というか、純粋な威力のみなら重歩兵の全兵器の中で究極ともいえる攻撃力を誇り、主力戦車に損傷を与えられる(装甲を斬れても撃破となると話は全く違う)数少ない武器が通じなかったら嫌過ぎる。 [我が振動熱斬刀に断てぬものなどあんまり無い!] 3mの刀を両手に構えた突撃兵が征く。ある者は愚直なまで真っ直ぐに、ある者は夢幻(ゆめまぼろし)の如き巧みな回避を行いながら、力ずくで叩き潰し、蝶の様に舞い蜂の様に刺す。 オルトロス二型の放った針弾を突撃兵の一人が300cm超振動極熱刀で受け止める。刀身に触れた針弾は砂糖菓子で出来ていたのではないかと思わせる程脆く崩れ去った。 突撃兵の技量は高い。電力が尽きない限り刀で斬り放題なので弾薬の心配をする必要も無い。だが流石に多勢に無勢、彼らだけでオルトロスを倒しきれないし、思ってもいないだろう。 今はまだ一人も無傷だが、このままだと数分もしないうちに被害を受け、急激に拡大し、全滅させられるだろう。突撃兵「だけ」なら。 突撃兵に攻撃しようとしたオルトロスの胴体に巨大な風穴が開き、地面に倒れ伏す。 砲弾が内部で爆発したオルトロスは原形を止めず、半固体になった肉片を周囲に撒き散らす。 対重歩兵用大粒散弾を浴びた数匹は、「急所へ正確無比に飛び散った散弾」を食らった数匹は、散弾の中心部に仕込まれた少量の高性能炸薬が爆発し、急所を潰され、全身に散らばった細かな振動熱破片に体内を蹂躙され、想像を絶する地獄の苦しみを味わいながら死んでいった。 オルトロスへ攻撃したのは砲撃部隊。 重装甲強化服の全高の二倍以上の長さである100口径62.5mm砲(砲身と砲弾は艦船と同一の代物)2門と、接続された2個の大型弾薬庫を背負っている。重歩兵でもまともに動けない超重武装。その見た目はどう見てもハルコンネンⅡです、本当にありがとうございました。 62.5mm砲一人2門、中隊100人で計200門。こんな超絶馬鹿武装した馬鹿野郎共が百人も突撃兵の支援を行っている。 元が艦砲であり、火力は凄まじい。重歩兵の利点である機動力を犠牲にしてまで得た攻撃力は絶大であった。62.5mm砲の威力は50mm狙撃砲より高い。それを、全弾撃ち尽くす勢いでオルトロスにブッ放している。 電磁力によって砲口から発射された極超音速の無薬莢(ケースレス)砲弾は、散弾を除き、例外無く一撃でオルトロスをあの世へ送った。 今までは全周囲から攻めてくるオルトロスが一方的に有利だったが、再転移した味方の重歩兵二個中隊が更に外側から攻撃する事で、オルトロスは挟み撃ちにされる形となった。 内側の俺達への攻撃を続けるか、外側の二個中隊を攻撃するか、オルトロスの動きに乱れが生じた。それは致命的な隙だった。喉笛を差し出されてなぁ、食い千切らない奴なんざいねぇだろうがよォッ! 「全員攻撃、ブチ殺せッ」 俺達の中隊も攻撃を再開する。残った軽歩兵用の武装を全て叩き込む。電力の回復を待っていた突撃兵二十人が、一旦脱いだ重装甲強化服を再び着用し、振動熱斬刀の投擲及び斬撃を浴びせる。 オルトロスの勢いが衰えたとはいえ、弾薬が尽き果て電力も残り少ない状態に変わりはない。負傷者は多数発生したが頭部への攻撃だけは絶対に回避し、後方支援担当重歩兵の背負う治療用大型バックパックで治療。 治療に時間が掛かり過ぎると判断された軽歩兵は首を切断し、「生首」を重装甲強化服の生命維持装置と接続する。 最初に叩き込まれた突撃中隊の攻撃。125mm榴弾3000発、250mm榴弾200発で大きく数を減らしたのも影響しているのだろう。 「生首」と重傷者を多数出しながらも、外側からこちらへ進撃してくる突撃中隊、それを支援する砲撃中隊の猛攻勢でオルトロスは殲滅されていく。 確かに殲滅されている。だがそれは、俺達の中隊百人が最初に交戦した奴ら。多大な犠牲(死者はまだ一人もいないが)を払い、持てる弾薬と電力を、鍛え上げた技量で根こそぎ叩き込んでやった相手だ。 俺達が戦った数倍の数のオルトロスが、味方が出現した更に外側の全周囲から攻め寄せてくる。迎え撃つのは速射砲中隊、対空速射砲中隊、対戦車砲中隊、対空砲中隊、榴弾砲中隊、迫撃砲中隊、重迫撃砲中隊の計七個中隊。全部隊は既に攻撃準備を完了していた。 対空速射砲中隊の牽引式100口径62.5mm連装砲25基50門、対空砲中隊の牽引式100口径125mm砲25門、榴弾砲中隊の牽引式50口径250mm榴弾砲10門が攻撃を開始する。 放たれるのは全て誘導砲弾。榴弾砲の対地誘導砲弾と違い、対空速射砲中隊と対空砲中隊が使用するのは本来は対空用途に使われ、航空機の撃墜及び、砲弾、爆弾、ミサイルの撃破など間接防御射撃を目的とする、誘導砲弾の中で最も高価、高性能の精密遮蔽誘導砲弾。 それらは全部、小型浮遊監視装置から送られてくる情報と砲弾自体が内蔵している超小型高性能複合センサー、超小型高性能コンピュータの絶大な計算処理能力と人工知能によって正確無比に、 特に榴弾砲の対地誘導砲弾と違い、精密遮蔽誘導砲弾はナノメートル(十億分の一)単位の精密さで、最優先攻撃目標のオルトロス四型、優先攻撃目標のオルトロス二型に着弾する。1mmすら外しはしなかった。結果は全弾命中。 三個中隊はオルトロス四型が放った生体ロケット弾を迎撃しながら砲撃を継続し、最も厄介なオルトロス四型、オルトロス二型を片っ端から皆殺しにしていく。 二型と四型はみるみる数が減っていくが、一番小さく数も多いオルトロス一型、オルトロス三型はほぼ無傷で突き進んでくる。そんな連中に何もしないなど有り得ない。 迫撃砲中隊の150mm迫撃砲50門、重迫撃砲中隊の300mm重迫撃砲10門が「御褒美」の誘導砲弾を雨霰と降り注ぐ。迫撃砲は射程が短い分、単位時間辺りの火力が榴弾砲の数倍もある。 150mmクラスの迫撃砲となると重い砲弾を砲口から装填するのが困難なので後装式にするしかないが、生身の人間の百倍以上のパワー、全高3mの重歩兵ならば全く問題無く砲口から砲弾を装填出来る。故に、150mm迫撃砲は前装式である。 砲身が6mもある300mm重迫撃砲は重歩兵の背でも砲口に届かず、後装式であった。 迫撃砲中隊は早送り再生のような素早さで砲口から砲弾を次々装填、発射する。迫撃誘導砲弾は一発の例外も無く「計算上、最大の損害を与えられる場所」へ着弾し、オルトロス一型、オルトロス三型に多大な損害を与える。 300mm重迫撃砲は150mm迫撃砲に比べれば攻撃速度は劣ったが、一撃の破壊力は凌駕した。 300kg近い重量の300mm迫撃砲弾は、着弾地点から半径十数メートルの範囲にいたオルトロスを塵すら残さず消し飛ばし、半径二、三十数メートルの範囲にいたオルトロスの大半を殺傷した。 だがそれでも、牽引式弾薬車に搭載されている全弾薬を撃ち尽くすが如き地獄の釜が開いたような猛砲撃でも進攻してくるオルトロスの全てを殲滅するなど到底不可能。無傷の、大量の無傷のオルトロスが至近距離まで辿り着こうとしていた。 [そんな君達に遠慮無用、情け不要のサービスサービスゥ♪] 残りの二個中隊。速射砲中隊の牽引式100口径62.5mm連装砲25基50門、対戦車砲中隊の牽引式100口径125mm砲25門が攻撃を開始。 牽引式100口径125mm砲は62.5mm砲と同じく艦砲と同じ砲身を使用している。 元になった艦船用の100口径12.5cm電磁砲は駆逐艦の主砲。巡洋艦、戦艦の両用砲。主力戦車の主砲や固定砲台用として使われている。直接攻撃にも間接防御にも優れる攻防一体であり、高威力、長射程、命中精度が高い次元で纏まった高性能砲である。 最大出力で発射された、最大の破壊力を誇る対戦車用の125mm超振動極熱弾は、艦砲として見るなら低威力である。戦闘艇、駆逐艦程度なら撃沈出来るが、巡洋艦以上の艦船に対しては豆鉄砲同然。特に戦艦に対しては何万発直撃させても小破させるのが精一杯。 しかし、陸戦兵器として見るならこれ程破壊力のある兵器は無かった。何しろ、125mm超振動極熱弾の直撃に耐えられるのは主力戦車の正面装甲ぐらいしかない。 二十一世紀初頭辺りの主力戦車の数十倍以上の防御力に加え、耐振動熱防御が施された上に、重装甲強化服と比べて文字通り桁違いの出力……触れたあらゆる物を一瞬で消滅させる大出力防御用振動熱発生機能を備えた装甲でやっと防げる代物。 そんな物の直撃をオルトロスが食らったらどうなっちゃうのだろう? 速射砲中隊は62.5mm連装砲25基50門を一発撃つ毎に微細な照準修正、発射時間及び出力の調整を行う。 傍目からは普通に連射している「だけ」に見える、実際は全て狙撃並の精度で発射された62.5mm振動熱徹甲榴弾は、一撃で「最低」二匹以上のオルトロス一型を貫通した後に空中で爆発。 周囲にいたオルトロスの急所へ吸い込まれるように散らばった破片は体内に侵入するだけで終わらず更に細かく砕け拡散。生存に必要不可欠な重要器官を徹底的に潰し、切り刻み、分解し、蒸発させる。 62.5mm連装砲で仕留めた大多数のオルトロス一型と少数のオルトロス三型の死骸は進攻を阻む障害物となり、「道」を作る。その「道」へ、縦に並んで突撃してくる先頭のオルトロスに125mm砲の砲口が向けられる。 手加減一切無しの過負荷出力……極超音速で発射された125mm超振動極熱弾に貫かれたオルトロス三型は、ヨルムンガンドの砲撃を受けたマゼラン級戦艦のように「竹輪」になった。後方にいた九匹も「竹輪」となり、計十匹のオルトロス三型が一撃で葬られた。 「道」を作っても、そこだけを通る訳ではない。オルトロスは何処へ適当に撃っても当たる程に数多く、障害物である死骸を乗り越えて向かってくるのも多数存在した。そんな奴らにも125mm砲の砲撃。 対戦車砲中隊が使用する砲弾は対戦車用の超振動極熱弾が主であるが、その他の種類の砲弾も牽引式弾薬車に搭載している。撃ったのは「それ」だった。 『125mm超振動極熱散弾』。低威力である対重歩兵用の大粒散弾とは違い、軽装甲車両の大破又は全壊(大破よりも上。重歩兵の背負う修理用バックパックや支援車両でも修理出来ず、スクラップ「ですら」ない状態) 軽戦車の中破又は大破、主力戦車の小破、至近距離で連発されれば中破も可能な広範囲攻撃用砲弾を惜しみなく振舞った。 「計算上、最大の損害を与えられる場所」で炸裂した砲弾は多数の高威力振動熱散弾を「正確無比」に撒き散らす。結果、死骸を乗り越えてやってきたオルトロスは一匹の区別差別も無く公平平等に死に絶え、大量の死骸の上に新たな大量の死骸が積み重ねられる。 全力全壊スターライトブレーカー精神で攻撃し続けている為、弾薬の量は急激に減少していき、牽引式弾薬車の中身が無くなり、軽くなっていく。それに引き替え、倒しても倒してもやってくるオルトロス。だが、援軍に来てくれた重歩兵部隊の士気は全く衰えない。 [こちとらには300門の62.5mm砲と50門の125mm砲、250mm榴弾砲10門、150mm迫撃砲50門、300mm重迫撃砲10門があるんだから! 負けてらんないのよぉ、あんた達にぃぃぃぃぃーーーーーッ] 砲の操作を行いながら無駄の無い巧みな動作で、近距離にやってきたオルトロスに重手榴弾を投げつけ、更に近付いてきたら伸縮可変鋼線を柄に絡ませた60cm振動熱斬刀の投擲。 間接防御兵器である6.25mm迎撃機関銃と迎撃針弾発射機の射撃で足止め、進攻の遅延、攻撃の中断を行った所でこちらの攻撃を叩き込み、直接手の届く至近距離まで接近させない。仮に接近しても振動熱斬刀の滅多刺しと斬撃が待っている。 いける、これで勝つる! 俺達の本当の戦いはこれからだ! 援軍が来ればオルトロスを殲滅出来る。そう考えていた時期が俺にもありました。 <ジ・O、動け、ジ・O! 何故動かん!?> [動け、動けっ、動けッ、動いてよォーッ。今動かなきゃ何にもならないんだ! だから、動いてよ!!] 今、俺達1000人は拡張した塹壕の中で、迫り来るオルトロスの群れを眺めていた。 援軍の900人は軽歩兵用の武装を含め全弾薬を使い果たし、電力も少ししかない。奇跡的に死者は一人もいないが「生首」は丁度半数の500人に達し、軽傷、重傷者は治療用バックパックで治療中。 塹壕の外側から見える地平線の彼方まで、地面がオルトロスで出来てるんじゃないかと思う程に死骸で埋め尽くされていた。どれだけ殺したんだっけ? 数えるのも馬鹿らしい。 「……流石に、天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)を百回も放つと、肉体の負担が大きい……ですね」 所々和服が破れたシーナは、俺の隣で荒い息を吐きながら刀を杖代わりに辛うじて立っている。エロい。75cm振動熱斬刀の刀身はヒビが無数に走り、今にも砕け散りそうだ。 俺の状態もひどい。軽装甲強化服の頭部はオルトロスとの戦いで破壊され、素顔は血塗れ傷だらけ。頭部を除く全身の軽装甲強化服はいい感じに壊れており、戦いの終盤の星矢達青銅聖闘士のようで格好良いッ! 残った最後の武器である30cm振動熱斬刀は刀身が真ん中辺りで折れている上にヒビが入っている。 最初に再転移してからどれだけの時間が経過したのだろう。長いようにも短いようにも思える。どちらにせよ確かなのは、激戦で肉体的にも精神的にも限界が近付いている事だ。弾薬も電力も何もかも、素空缶の直前。残っているのは命だけ。 「流石にもうここまで、でしょうか」 俺は笑いながら、シーナの頭を撫でる。 「何を言ってるんだ。「ここまで」じゃない。「これから」だろう?」 「ああ……そうでしたね、隊長」 シーナは重そうに身体を動かすと、地面から刀を抜き両手に構えた。見据えるのは塹壕の外、オルトロスの群。流石に殺して殺して殺して殺して殺しまくったので、数はだいぶ少ない。だが、今の俺達を皆殺しにするには十分な数だった。 せめて最低一時間あれば……半分とはいかなくとも複合自然発電で電力が回復するまでの時間を稼げれば、振動熱斬刀で滅多斬りの返り討ちにしてやれるが、無い物ねだりをしたって何の意味も無い。 現時点で、全重歩兵千人全員の総電力量は1~2%程度。「生首」状態の500人は生命維持装置を動作させる最低限の電力しか無いので実質戦闘不能。 弾薬が尽き果ててから最も戦ってくれた鬼神達。突撃中隊の百人とうちの二十人、合わせて百二十人は奮戦した分犠牲も多く、約7~8割が「生首」になっている。頼れるのは残りの二、三十人だが、こいつらも電力は少ししかない。一太刀浴びせれば電力は尽きるだろう。 もう、どうしようもなかった。 で? どうしようもないのが「何だと」いうのだ。「その程度」で心を乱したり弱気になる玉無しの腑抜け腰抜け野郎は正統日本軍に存在しない。どうしようもないなら最後まで足掻いた後に死に果てる。それだけだ。 いくさ人は戦う前から既に死人(しびと)と化している。死人が死を恐れる必要も意味も、何も無い(キリッ) 「じゃあ逝くか、野郎共」 最期の戦いが始まる…… ……はずだった。 いきなり景色が変わった。見た事のある風景。それは間違いなく、再転移する前にいた場所だった。 咄嗟に隣へ振り向くと、「そこ」にいるはずの人物がいなかった。影も形もなかった。 「……隊、長……?」 どうやら他の999人はいるようだった。もっと正確に言うと、「生首」の500人以外の499人は、何故か着用していたはずの重装甲強化服を着ていなかった。理由は不明だが……恐らくは、再転移した世界に重装甲強化服だけ残ったのではないか、と思われる。 重装甲強化服以外にも援軍に来てくれた900人が持ってきた各種砲兵器や牽引式弾薬車も無い。 推測でしかないので正確には分からないが、仮に「そう」なのだとしたら……再転移したあの世界に残っているのだとしたら、いる「はず」の、ここにはいない隊長は? 握っていた刀がするりと手から抜け落ち、地面に落ちる。私は叫んだ。 「隊長ぉっ!?」 「俺一人だけ置き去りかよ。ひっでぇな」 塹壕の中には墓穴に放り捨てられた死体のように、着用者のいない重装甲強化服が放置されていた。ついさっきまでは中に人が入っていた。恐らく、元の世界に戻ったのではないかと思われる。 「生首」の500人が着用していた重装甲強化服が無いのは、頭部だけになった人間が生命維持装置から外されれば死ぬから、だろうか? 神だか何だか知らないが、親切だか悪戯なんだか分からない事をしてくれる。俺だけ残った理由も恐らく「それ」なのだろう。 重装甲強化服の他にも、今も空を飛んでいる小型浮遊監視装置、後方支援部隊のバックパック。軽歩兵、重歩兵用の武装全てに、途中で再転移してきた900人が持ってきた砲各種、牽引式弾薬車等も全部そのまま残っている。 どうしてこれらの物品は元の世界に戻らなかったんだ。まるで「この世界」に「残したかった」ような……、そんな「意思」を感じる、気がする。 でもまぁ、ぶっちゃけそんなこたぁどうでもいいや。どうやら俺は一人でオルトロスの相手をしなきゃいかんらしい。たった独りの最終決戦って奴だな。気分はフリーザに挑むバーダック。 塹壕の外側を眺めると、こっちへ突き進んでくるオルトロスがたっくさん。一人が相手にするには過剰ってレベルじゃねーぞ!? とでも言いたい数。勝機はいくらだ? 「例えそれが那由多の彼方でも、今の俺には充分に過ぎる……ってな」 今ならアンデルセン神父の気持ちも理解出来る気がする。俺の場合は片腕が千切れるだけじゃ済まないだろうし、形勢逆転の切り札も無い。本当に、何も無い。 いや、「あった」。俺にはまだ命が残っている。命こそ人間の最大の武器……みたいな事を沖田艦長が言ってたし! それに死ぬと決まった訳じゃない。ひょっとしたら奇跡が起こるかもしれない。 ああ、そーいや治療用バックパックと修理用バックパックも残ってたっけ。特に前者は残っていてくれて本当に助かる。生きてりゃ両目が潰れようが四肢が無くなろうが臓器が失われようが重病に冒されようが元通りに再生、治療してくれるのだから。 「じゃあ、行くか」 運命(さだめ)とあれば覚悟(こころ)を決める。俺は逆手に持った右手の30cm振動熱斬刀の柄を強く握り締めた。そして。 「来やがれ、化け物。何千何万何億何兆来ようが全部纏めて相手になってやる」 最期の戦いが始まった直後。そんな地上の様子など知らぬ存ぜぬとでも言わんばかりに、空を飛ぶ鋼鉄の巨鳥の群は抱えた荷物を全て投下した。 重歩兵中隊が再転移してから一ヵ月後、大海上都市群「兵庫」軍はただ一人だけ戻らなかった中隊長を「行方不明」から「戦死」と判定した。 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) +... 名前
https://w.atwiki.jp/magicaloss_misasu/pages/6649.html
【11】 右上→12089-C 右下→?-D 左上→?-B 左下→?-A